西念寺に行く前、四ツ谷駅の交差点の横断歩道の途中で道路の向こうを見たら、東宮御所がありました。せっかくなので、東宮御所まで足を伸ばしてみました。四ツ谷駅の交差点から歩くこと、4分ぐらいでしょうか。東宮御所です。赤坂御所、赤坂御用地とも言ったと思います(正確には赤坂御用地内にあるのが、東宮御所らしいです)。たまに赤坂璃宮とか言い間違いをしてしまいます。江戸時代、紀州徳川家の上屋敷(紀州藩赤坂藩邸)が在った所で、明治維新後、紀州徳川家から帝室(現在の皇室)に献上されたものらしいです。門。立派です。なにやら外国に来たような感じです。!-- 画像 -->門の模様の丸の中から写真を取りました。!-- 画像 -->赤坂の一等地にこんなに広々な空間。いいですねえ。!-- 画像 -->東宮御所は周回するマラソンランナーが多いです。大学生のトレーニングかもしれませんが、大人もいっぱいいます。(2010年1月31日)東宮御所東宮御所(とうぐうごしょ)とは、皇太子の居所を指す。単に東宮とも。現在の東宮御所は東京都港区の赤坂御用地内にある。東宮御所の概要東宮御所には古くは内裏内の昭陽舎を宛てていたが、鎌倉時代以後は小御所で儀式を行うのが慣例であった。赤坂御用地赤坂御用地は、港区元赤坂二丁目をほぼすべて占める皇室専用の敷地である。ここは江戸時代、紀州徳川家の上屋敷(紀州藩赤坂藩邸)が在った所で、明治維新後、紀州徳川家から帝室(現在の皇室)に献上されたものである。1873年に失火により皇居が焼失した際は、明治天皇がこの地に移り、1888年に新皇居(明治宮殿)が落慶するまでの間、ここを皇居としていた。赤坂御用地内には現在、東宮御所の他、秋篠宮邸、三笠宮邸、寛仁親王邸、高円宮邸、並びに赤坂東邸(旧東宮仮御所)といった各宮家の邸宅や皇室の施設が点在する。また、赤坂御用地の北東に隣接して迎賓館(旧赤坂離宮)があり、訪日した外国賓客の接遇に用いられる。赤坂御用地の中央には、池を中心とした回遊式庭園がある。そこは赤坂御苑と呼ばれ、1963年(昭和38年)以来、天皇主催の園遊会会場として用いられることから、テレビ・新聞などに登場する機会が多い。赤坂御用地の正門は北側の安鎮坂に面している。前庭や裏庭には、皇后美智子のお印である、シラカバが植えられている。ほかに各宮邸への出入り等に用いられる門が御用地の南側と東側にいくつか設けられている。赤坂御用地は国有財産であるが、一般市民は原則として立ち入り禁止となっている。現在の東宮御所現在の東宮御所は、今上天皇の皇太子時代の住居として、貞明皇后の大宮御所の跡地に建設され、1960年4月に竣工した。谷口吉郎の設計による鉄筋コンクリート地上2階、地下1階建てで、御座所棟と事務棟に分かれる。御座所は更に表公室と奥私室に分かれる。1989年1月7日、昭和天皇が崩御し、今上天皇が践祚した後、吹上御苑内の皇居半蔵門近くに新築された「御所」に天皇・皇后と紀宮清子内親王が1993年12月に移るまでの間は、赤坂御所と呼称された。施設の改修工事東宮御所は1960年の竣工より50年近く経過しており、建物の老朽化が著しくなった。この為、2008年8月より2009年8月までの間、私室と事務棟の配管の交換や内装の張り替えなどの改修工事が行われた。あわせて屋根に太陽光発電用のソーラーパネルを設置しトイレにLED照明を設置するなどのエコロジーを考慮した改修も行われた。総工費は約10億円。この工事期間中、皇太子家は赤坂東邸を仮御所とした。備考2006年7月2日、神宮球場で行われていた日本テレビ「全国高等学校クイズ選手権」の関東予選において、オリエンタルラジオの中田敦彦とスカイダイビングインストラクターがパラシュートで神宮球場へ着陸するつもりが強風にあおられ、赤坂御用地に不時着してしまうという不測の事態が起こった。日本テレビは、このハプニング映像を収録していたが、「全国高等学校クイズ選手権」の本放送に際してはカットされ、映像は放映されていない。
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